臨床試験におけるCOAライセンスと著作権の基礎

臨床試験では、臨床アウトカム評価(COA)などの著作権で保護された評価指標を使用するために、事前に許可を取得することが通常必要とされます。
一見すると複雑なプロセスに見えるかもしれませんが、なぜこのプロセスが必要なのか、どのような要素から構成されているのか、そして必要な要件を遵守していることを確認するために何を行う必要があるのかを理解することが重要です。
このプロセスはスポンサー自身で直接対応することもできますし、CRO、eCOAベンダー、または言語サービスプロバイダーなどの第三者に委託することも可能です。すべての許可を取得するにあたり、常に適切な手順に従っていることを確認すべきです。これを怠った場合、著作権侵害につながり、金銭的な影響、違反を行った個人または組織の評判の低下、そして臨床試験・研究そのものへの悪影響を招く可能性があります。
COAとは?臨床試験における著作権との関係
FDAはCOAを「患者がどのように感じ、機能し、生存しているかを反映または記述する評価指標」と定義しています。COAは通常、質問票、評価表、日誌といった形で用いられ、以下の4種類に分類されます。
- PRO(患者報告アウトカム)
- ClinRO(医師報告アウトカム)
- ObsRO(観察者報告アウトカム)
- PerfO(パフォーマンスアウトカム)
これらは患者体験を把握するための重要なデータソースであり、多くの場合、著作権によって保護されています。
著作権は、著作者の知的財産(IP)を保護し、複製・配布・使用に関する独占的権利を認める法的枠組みです。臨床試験でCOAを使用する場合、スポンサーは著作権者から正式な許可(ライセンス)を取得する必要があります。
ライセンス契約とは何か?何が定められるのか?
ライセンス契約(License Agreement)とは、著作権者(Licensor)と使用者(Licensee:通常はスポンサー)との二者間で締結される契約です。この契約により、スポンサーは特定の条件下でCOAを使用する権利を得ます。
この契約は、スポンサーに付与される許可の内容を定めるとともに、ライセンサーおよびライセンシーの双方が遵守すべき使用条件、ならびに当該評価指標の使用に関する制限を規定します。
例えば、COAを使用できる臨床試験、使用期間、使用または作成される言語版、被験者数および実施回数などが定められます。通常、臨床試験ごとに個別のライセンス契約が必要である点に留意する必要があります。
ライセンス契約によって付与される許可には、COAの使用、使用される具体的なCOAおよびその言語版、追加の言語版が必要な場合にライセンシーがCOAを翻訳または改変する許可を有するかどうか、関連する費用、ならびに使用に関する具体的な条件および条項が含まれます。また、本契約には、試験およびスポンサーに関する情報も含まれます。COAの使用および配布に関する費用は、ライセンサーによって設定されることになります。
では次の章から具体的に見ていきましょう。
翻訳に関する許可(Translation Permissions)
翻訳に関する許可は、スポンサーが、自身の選択したベンダーを用いて、既存しない翻訳版を作成することを可能にします。
その際、多くのライセンサーは、翻訳に対して言語的妥当性検証を実施すること、または特定の翻訳ガイドラインに従うことを求めているため、これらの要件についてはライセンサーに直接確認する必要があります。
言語サービスプロバイダーが必要な翻訳を完了すると、それらは通常ライセンサーによってレビューされ、承認および完了後はライセンサーの知的財産となります。
既存の翻訳版がある場合、著作権者から提供されることもあります。その際、翻訳がライセンサーの定める翻訳手順に従って対象言語へ正確に行われたことを証明する、翻訳証明書(Certificate of Translation:CoT)とともに提供されます。CoTは常に提供または入手可能であるとは限らないため、提出目的で必要な場合には、事前にライセンサーへ確認することが望まれます。
多くの場合、ライセンサー/著作権者は翻訳プロセスに直接関与し、言語サービスプロバイダーが作成した翻訳について、承認のためのレビューを求められます。また、eCOA版については、スクリーンショットのレビューを求められる場合もあります。正しい手順が遵守されるよう、翻訳要件およびガイドラインは、プロセス開始時にライセンサー/著作権者と確認すべきです。
一部のライセンサーはユニバーサル言語版を採用しており、これは、言語が使用されるすべての国で共通して使用される単一の言語版を指し、国別の言語版を用いないことを意味します。
翻訳上の調整が許可される場合もあれば、許可されない場合もあります。このようなケースでは、特定の文脈においてユニバーサル言語版が使用可能かどうかを確認するため、ライセンサーに直接相談することが最善です。
一部の著作権者は、翻訳版の配布を第三者の支援を受けて行っています。業界にはこのような配布業者が多数存在し、翻訳版を入手するためには、これらの業者に連絡する必要があり、その際には費用が発生します。場合によっては、これらの配布業者が、著作権者に代わってライセンスおよび許可の管理を行うこともあります。
改変に関する許可(Permissions to modify)
スポンサーが、研究/臨床試験の特定のニーズに合わせて評価指標を修正したい場合には、事前に許可を取得する必要があります。ライセンサーがこれに同意した場合、その内容はライセンス契約において付与される許可の一部として明記されます。これには、評価指標を追加の言語版へ翻訳することや、文言・内容を変更することなどが含まれる場合があります。
これらの改変は、必ずライセンサーと合意したうえで行われ、かつライセンス契約に明確に記載されていなければなりません。また、ライセンサーは、改変された成果物について、使用前に承認を求める場合があります。「改変」には、COA評価指標を紙媒体版から電子版へ適応することも含まれます。評価指標の改変は、ライセンサーから明示的な許可を取得することなく行うことはできません。
ライセンス料(Licensing Fees)
ライセンス料は、各COAおよびライセンサーによって異なります。一般的に、これらの費用は、患者数、実施回数、言語数、質問票/評価指標の数、実施方法、試験数など、さまざまな要因に基づいて算出されます。
一方で、年次ライセンス、無制限ライセンス、または固定価格契約(通常は試験期間中有効)として料金が設定される場合もあります。これらの中で最も一般的なのは固定価格契約であり、ライセンス料はライセンサーが定める算定基準に基づいて算出され、試験期間中のみ有効となります。
ライセンス料そのものに加えて、必要とされる研修、マニュアル、参考資料などに関する補足的な費用が発生する場合があります。また、ライセンサーがCOAの翻訳および配布を行うベンダーを指定している場合には、翻訳作成費用、ロイヤルティ、ならびに管理費用といった追加費用が適用されることもあります。
ライセンス契約書の作成に必要な情報
COAのライセンスを申請する際、ライセンサーは、ライセンス契約書を作成し、費用を算出するために、さまざまな種類の情報を必要とします。ライセンス契約を作成するために通常求められる情報には、以下が含まれます。
• ライセンス対象となる評価指標に関する主な情報
例:評価指標名、使用するバージョン(該当する場合)、実施方法(紙、電子、または両方)、試験で必要とされる言語版(使用言語および使用国)など。
• 質問票が使用される臨床試験または研究に関する詳細情報
例:試験プロトコル番号およびタイトル、試験に参加する被験者数、COAの実施回数、治療領域など。試験の開始日および終了日も提供する必要があります。
• スポンサーの完全な連絡先情報、および請求書発行のための請求関連情報。
• 第三者が関与している場合には、臨床開発業務受託機関(CRO)、COA提供者、ならびに(該当する場合)言語サービスプロバイダーに関する関連情報。
ライセンス取得後の変更
臨床試験/研究の開始後に情報が変更され、プロトコルが更新された場合には、これらの変更が追加費用やライセンス契約の更新を伴う可能性があるため、ライセンサーに通知する必要があります。完全に締結されたライセンス契約に対して、情報を追加または削除するための修正(アメンドメント)が必要となる場合もあります。
このような変更の例には、以下が含まれます。
• 言語版の追加または削除
• 評価指標の追加または削除
• 被験者/患者数の変更
• 実施回数の変更
• 臨床試験の日程変更
• 実施方法(紙、タブレット、携帯型端末、ノートパソコン)の追加または変更
一般的なライセンス取得における課題
ライセンス取得プロセスにおいて、課題に直面することもあります。これは、ライセンス要件がライセンス保有者ごとに固有であることに加え、試験の詳細やニーズに関連して考慮すべき項目が存在するためです。主な課題には、以下のようなものがあります。
- ライセンス取得までの期間を申請者に提示することが難しいこと
プロセスの遅延を引き起こす要因は複数存在し、ライセンス取得に要する期間を明確に定義することは極めて困難です。 - ライセンサーの対応が遅い、または不十分であること
ライセンサーは、大学教授や医療従事者など、他の職務を兼務していることも多く、常に迅速に対応できるとは限りません。メールを頻繁に確認しない場合や、評価指標に関する業務に割ける日や時間が限られている場合もあります。このため、ライセンス取得に要する期間は各ライセンサーの対応状況に大きく左右され、予測が難しくなります。 - スポンサーおよび試験に関する情報が不十分または不正確であること
スポンサーが、ライセンス料の算出やライセンス契約書の作成に必要な重要情報を提供しない場合、プロセスに遅延が生じます。不足している情報を取得するためにクライアントへ再度確認し、その回答を待ったうえで、ライセンス保有者に差し戻す必要があります。また、実施回数や使用する評価指標などの情報が不正確であり、修正や更新が必要な場合にも、ライセンサーとの再調整が必要となり、結果としてプロセス全体が遅延します。 - ライセンサーおよびライセンシー双方による契約書レビューに要する期間が必要なこと
契約書は、ライセンサーとライセンシーの双方がレビューする必要があります。各当事者が内容を確認し、修正案を提示し、再レビューおよび承認を経た後、最終的に署名のために書類を往復させる必要があるため、遅延が生じることがあります。このプロセスは個々人の対応や多様な要因に左右されるため、具体的な期間を提示することは非常に困難です。 - 試験/プロトコルの変更によりライセンス契約の更新が必要となること
試験またはプロトコルの情報に変更が生じた場合、ライセンサーに通知する必要があります。ライセンサーは変更内容を承認し、ライセンス契約および場合によっては費用を更新したうえで、新たな契約書を再送付し、レビューおよび署名を行う必要があります。こうした変更の例には、実施回数、被験者数、試験期間などが含まれます。 - 複数のライセンサー/著作権者が存在するケース
一部のCOAでは、言語版ごとに異なる著作権者が存在するなど、複数の著作権者から許可を取得する必要があります。このような場合、それぞれの著作権者に個別に連絡する必要があり、関係者が増えることで、契約書や署名に関する調整が複雑化し、すべてのライセンスを取得するまでにより多くの時間を要します(試験で必要とされる言語数に応じて、必要なライセンス数も増加します)。
また、紙媒体版と電子版で別々のライセンスが必要となるケースもあります。これらのライセンスが同一のライセンス保有者によって管理される場合もあれば(スポンサーおよびeCOAベンダーとそれぞれ契約を締結する場合など)、紙版と電子版で異なるライセンス保有者が存在し、別々のライセンスが必要となる場合もあります。 - 第三者(CROやeCOAベンダー)によるライセンス対応や代理署名を認めないライセンサーの存在
この状況は、ライセンス取得プロセスの初期段階でよく見られます。スポンサーがCROやeCOA/言語サービスプロバイダーなどの第三者にライセンス対応を委託している場合でも、多くの著作権者は、試験スポンサー以外の第三者との契約締結や、第三者による代理署名を認めません。 - ライセンサー自身が翻訳を作成する、または専属の言語サービスプロバイダーを有しているケース
この場合、ライセンサーはスポンサーに翻訳許可を付与せず、既存の翻訳がない場合には翻訳作成費用を請求します。また、翻訳の納期はライセンサーまたは専属の言語サービスプロバイダーによって決定され、試験スケジュールに必ずしも合致しないことがあります。 - パブリックドメインの質問票の場合、申請が必要
これらの質問票は、開発者/著作権者によって誰でも使用できるよう公開されており、ライセンスを必要とせず、無償で利用可能です。ただし、一部には著作権が存在するものもあり、その場合は使用許可を著作権者に申請する必要があります。場合によっては、事前の同意なく改変、翻訳、適応を行うことを禁止する利用条件に同意する必要があります。 - 著作権の有無やライセンス要否が不明確なケース
質問票が著作権で保護されておりライセンスが必要なのか、あるいはパブリックドメインに該当するのかについて、明確な情報が存在しない場合もあります。このような場合には、その確認のために詳細な調査が必要となります。
まとめ
COAにおけるライセンスおよび著作権契約の複雑な詳細を適切に扱うことは容易ではなく、複数のライセンサーとの調整や、変化し続ける試験プロトコルの管理において課題が生じる可能性があります。しかしながら、この複雑さは不可欠なものであり、ライセンサーのガイドラインへの遵守を確保し、すべての関係者の利益を保護するとともに、臨床における知的財産資産を生産的かつ合理的に活用するための重要な手段となります。
ライセンス契約を遵守し、検証済み評価指標に関する課題を軽減するうえで、スポンサーの関与がなぜ重要なのかをさらに詳しく知りたい方は、TransPerfect LifeSci Talks の最新エピソード「Licensing Challenges vs. eCOA Vendor Capabilities」
をご覧ください。
TransPerfect Life Sciences が、COAライセンスの対応においてどのように業界をリードする組織を支援しているのかについて詳しく知りたい場合は、ぜひお問い合わせください。
用語集
Clinical Outcome Assessment(COA)/臨床アウトカム評価
患者がどのように感じ、機能し、生存しているかを記述または反映する評価指標(FDA)。
Contract Research Organization(CRO)/臨床開発業務受託機関
臨床試験全体を通じて、スポンサーを支援し、試験を管理する企業。
Copyright(著作権)
著作者の著作物を保護するための法的手段であり、知的財産の一種。
Copyright Holder(著作権者)
著作物に関する著作権の排他的権利のいずれかを保有する個人または企業(著作権の所有と、著作物そのものの所有は別である)。
eCOA Vendor(eCOAベンダー)
臨床試験で使用するCOAの電子的実装を担当する、スポンサーが選定したベンダー。
Instrument(評価指標)
質問票、尺度、ツール、測定指標、COA、患者報告アウトカム(PRO)、医師報告アウトカム(ClinRO)、パフォーマンスアウトカム(PerfO)、観察者報告アウトカム(ObsRO)を指す。
License(ライセンス)
権限を有する機関(著作権者)によって付与される、何かを行う、使用する、または保有するための法的な許可または認可。知的財産法に基づくライセンスにより、ライセンシーは著作権侵害の請求を回避することができる。通常、ライセンスには、許諾そのものに加え、契約期間、地域、更新条件、その他ライセンサーが必要と判断する制限事項が含まれる。
License Agreement(ライセンス契約)
ライセンサーとライセンシーの間で締結され、ライセンシー(通常はスポンサー)に対し、ライセンサー(開発者または著作権者)が保有する知的財産(本件では著作権で保護されたCOA)を使用する権利を付与する契約。
Licensor(ライセンサー)
評価指標の開発者または著作権者であり、その使用許可を付与する者。
Licensee(ライセンシー)
臨床試験において評価指標を使用する許可を取得するスポンサーまたは第三者。
Developer(開発者)
評価指標の著者および質問票の作成者(著作権者とは異なる場合がある)。
Sponsor(スポンサー)
臨床試験を実施する製薬企業。